毎年、鎌倉の鶴岡八幡宮で催される伝統行事「流鏑馬」は、たくさんの見物客の前で行われ、その様子がテレビのニュース番組などで報じられます。さて、この「流鏑馬」という漢字表記ですが、なぜ「やぶさめ」と発音されるのにもかかわらず、その発音と一致しない漢字で書き表されるのでしょうか。
岩波書店の『広辞苑』には、「流鏑馬」について次のような語釈が記載されています。
やぶさ‐め【流鏑馬】
(1) 騎射の一種。馬上で矢継ぎ早に射る練習として、馳せな
がら鏑矢(かぶらや)で的を射る射技。的は方板を串に挿ん
で三カ所に立て一人おのおの三的(みまと)を射る。平安末
から鎌倉時代に武士の間で盛行。現在は、神社などで儀式と
して行う。三的。
この語釈を読めば、馬に乗って鏑矢を用いるから漢字表記の中に「馬」と「鏑」という文字が使われているのは分かります。しかし、「射」ではなく「流」という文字が語頭に来るのはどうしてでしょうか。
そこで、『百科事典マイペディア』で調べてみると、「流鏑馬」の解説の冒頭にこう書かれていました。
やぶさめ【流鏑馬】
疾走する馬上から鏑矢(かぶらや)を射流して的を射る競技。
なるほど、「射流して」ということからすれば、「射」の代わりに「流」を使っても差支えないのかもしれません。むしろ、「射」よりも「流」の方が、この馬上の射術の実際のスピード感が表現できて好ましいとも考えられます。ただし、これら『広辞苑』と『マイペディア百科事典』の説明では、残念ながら漢字表記とその読みとの関係が判然としません。
次に、インターネット上の『Wikipedia』で「流鏑馬」を検索すると、
馬を馳せながら矢を射ることから、「矢馳せ馬(やばせう
ま)」と呼ばれ、 時代が下るにつれて「やぶさめ」と
呼ばれるようになったといわれる。
と書かれていました。さらに続けて調べてみると、「日本ぶんか村」のホームページには、
流鏑馬という言葉の語源は「馬にのって鏑矢を射流す」か
らきており、こ の「矢馳せ馬」が転訛したものだとい
われています。
と説明されていました。また「鎌倉市観光協会」のホームページには、
流鏑馬の語源は、「矢馳せ馬(ヤバセメ)」が転じたもの
といわれ、その 字句も「馬に乗って鏑矢(かぶらや)
を射流す(いながす)」に由来する といわれています。
という解説が載っていました。これらを比較してみると、「矢馳せ馬」の読み方として「やばせうま」と「やばせめ」の違いはあるものの、どちらにしても「矢馳せ馬」という言葉から「やぶさめ」という言い方が生じていることは確かなようです。また、「射流す」という表現の「流」に着目すれば、上述のように「流鏑馬」と漢字表記されることにそれほどの違和感はありません。
しかし、「やぶさめ」の語源に基づいて、そのまま素直に送り仮名を削った形の「矢馳馬」と漢字表記してもよさそうなものなのに、なぜ「流鏑馬」という漢字表記を当てたのかという疑問が残ります。ちなみに、『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』の解説によれば、「『新猿楽記』 (1057) に流鏑馬の名がみられる」とあるので、11世紀中葉にはこの漢字表記が用いられていたということになります。
(2018/9/21)
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