古代日本の基本の色

文/浜山典之

 日本人の名字には色の名前のつくものが結構ありますが、その中でも圧倒的多数を占めるのが、「青、赤、白、黒」の4色だといいます。たとえば青木、青山、赤井、赤塚、白石、白川、黒田、黒岩などといった名字は、確かによく見かけます。

 これは私が直接調べたわけではありませんが、『古事記』や『万葉集』に用いられている色彩名のほどんどがこの4色だそうです。とすると、8世紀までの日本人は、身の回りの色彩を表現するのにこの4色でほぼ間に合わせていたということかもしれません。もしそうだとすれば、白と黒のほかに青と赤のたった2色を加えただけです。現代の感覚からすれば、それで支障がなかったのかと不思議な気さえします。

 そして平安時代になると、それ以前のように身分を表すのに装身具を用いることがほとんどなくなり、その代わりに衣服の色で身分の上下を表すようになったといいます。「襲(かさね)の色目」が発達したのもその頃でしょう。その意味で、平安時代は日本人の生活が一気に色彩豊かになった時期だと言えるかもしれません。

 それでも古代の日本人の4色の原風景は、現代の日本語の中にも残っています。たとえば、今の日本人の感覚では緑色であるはずのものを、「青葉、青汁、青のり、青竹、青信号」などと言ったり、あるいは厳密には赤には分類されないはずなのに、「赤土、赤みそ、赤さび」といった言葉が使われています。

 また、大相撲の土俵に関しては「〜房下」という言い方があります。テレビやラジオの大相撲放送で、アナウンサーが「青房下、赤房下、黒房下、白房下」と審判席を区別して呼んでいますが、この場合の4色は、中国の古代思想にある「四神(しじん)」、つまり「天の四方の方角をつかさどる神=東の青竜、西の白虎、南の朱雀、北の玄武」や「四季をつかさどる神=春の句芒、夏の祝融、秋の蓐収、冬の玄冥」の影響を受けたものと思われます(注:青は春、赤は夏、白は秋、黒は冬を表す)。

 さて、大相撲の土俵に用いられる「青房下」についてですが、大相撲中継のテレビ画面で見る限り、その房の色は明らかに緑色です。
(2021/7/6)  



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